小野篁神社
 小野神社の摂社で同じ境内にあり、漢詩文で名を挙げ、「令義解」(りょうのぎげ)の撰修に参画した小野篁を祭るのが小野篁神社です。
 木々が生い茂る静かな雰囲気の一隅に、切妻造(きりづまづくり)の本殿がひっそりした佇まいを見せています。
 切妻造の本殿は全国的にも少なく非常に珍しいもので、県下では小野道風神社と、天皇神社の本殿を合わせ、わずか3棟しか残っていません。
 室町時代前期の建物です。

交通:JR湖西線 和迩駅下車 徒歩15分


小野神社
小野氏のゆかりの地を象徴するのが小野神社です。
 祭神である米餅搗大使主命(たかねつきおおおみのみこと)は、我が国初の遣随使小野妹子の祖先といわれています。
 米餅搗大使主命は、応神天皇の頃に日本で初めて餅つきをしたと伝えられ、菓子づくりの神様として崇められています。
 境内には小野篁神社や、小野道風神社があり、いずれも国の重要文化財に指定されています。

小野道風神社
 平安時代の書家、小野道風を祀るのが小野道風神社です。小野道風といえば、柳に飛びつく蛙の必死の姿を見て、書に励んだエピソードはあまりにも有名です。
 小野神社の飛地境内にあり、小野篁神社と同様に切妻造の本殿です。
 暦応4年(1341年)の建立とされ、手挟という部分に優秀な唐草彫刻が施されており、当時の彫刻を知る上で貴重な建物になっています。

交通:JR湖西線 和迩駅下車 徒歩20分


西岸寺
スサノオノミコトを祀る天皇神社の近くにあるのが、浄土宗鎮西派の西岸寺です。
 庫裏を兼ねた本堂が建つ小さな寺院ですが、ここの木造阿弥陀如来立像は、鎌倉時代に作られたもので、国の重要文化財に指定されています。
 現在、一般公開されていません。

 


阿弥陀如来立像
鎌倉時代に作られたもので、国の重要文化財に指定されています。
 現在、一般公開されていません。

志賀清林の墓
奈良時代に、今の横綱にあたる最手役として活躍し、聖武天皇の時に日本で最初の行司に召し抱えられ、相撲四十八手の基礎を創案したといわれているのが志賀清林です。
 この清林を記念して造られたのが、志賀清林相撲公園で、園内には清林をたたえる記念碑と相撲場があり、昭和39年、当時の横綱栃の海の土俵入りによって方屋開きが行われました。

ご意見、ご要望はこちらまで